2023-05-12

006 ハーレムの真実
1967・06 NY・アメリカ

《抓る勘違い女》 事件の二日後 金曜日

ジーンズ姿の中西君がやって来た

「今夜は ぜひ体験してほしい処に連れていく

なるべく汚い服装 時計は持たない

お金は両ポッケに10ドルを入れて!」

と言い残し階段を下りて行った

考える間もなく 急いで支度して降りていく

「なぜ 10ドルに分けるかわかるかい?」 

歩きながら 教師面して聞いてきた

「?」

NYは治安が悪く 普通の人がいつ強盗に早変わりするか解らない

その時に助けてくれるのが 10ドル

ホルドアップされた時 指で金のありかを指し示せば助かる

小銭がないと 腹いせに撃たれる危険がある

命を救ってくれるお金 即ち命金というらしい

5ブロックは歩いたか 街並みが変わってきた 

崩れた建物やゴミが散らばっている

似つかわしくないキャデラックやリンカーコンチネンタル

と言った高級車が 道の両側ひしめき合って駐車している

何となく気が引き締まる

「チャーリー」 と読めたネオンを過ぎ

赤レンガの建物に吸い込まれていった

ドアを開けると トランペットとピアノが踊っていた

ガンガン飛びながら、体全身で歌っている汗びっしょりの黒人歌手

たばこと酒、体臭と何の臭いかわからない・・

得体のしれない空間があった

大音響で体にびりびり伝わってくる。

「これが本物のジャズ 凄いだろう!」

そこには圧倒されて言葉を失っている自分がいた

もう中西君はジャズバーの一部になっている

彼と同じバーボンウイスキーをオーダー

ちびちび 舐めながら強い酒を飲む

会話は聞こえてくるが スラングがひどく全くわからない

時間がとともに慣れてくる あたりの状況が見えてきた

スーツにネクタイ 胸の大きく開いたドレス ピカピカに磨いた靴

長身の黒人たちがみな正装して踊っている

「踊ろう」 誘われるまま彼とともに輪の中に入って 

とにかく体を動かしてリズムに乗っていけばいい

大学時代 ダンス同好会のキャップをやっていたので

大抵の曲は踊ることができたが ここは違っていた

飛んだり跳ねたり あらゆる身体能力を発揮して表現していた

1時間半はいた頃 帰ろうか? の合図で外に出た

夜風は全身の汗をふいてくれる

心地よさに浸っていると

「高級車がなぜこんなに多いかわかる?」

「金持ちが集まってきたから・・・」

NOという顔で 答えを教えてくれない

ハーレムは黒人貧困層が集まっている

住むところは最悪の環境 大した収入もないのに

友達と共同で高級車を買い お洒落してひと時を楽しむ

それが彼らの唯一の憂さ晴らし

中には ここを抜け出したくて ボクサーになったり

野球選手になったりはしているが 成功する人はほんの一握り

アメリカンドリームを夢見てやってきたけど 現実の厳しさに夢破れ

こんな方法でしか発散できない

これがハーレムの真実

冷静に状況判断している 中西君は凄い!

改めて良い友を得たと感謝しつつ

バーボンの酔い心地を 愉しんでいた