2023-05-12

008 ボホール島のバディ
1983・08 ボホール・フィリピン

1980年春 友人が再婚することになった

新婚旅行は人気のモルジブと にやけ顔で語る

当然 ダイビングをやりたいと彼女にせがまれ

一緒にスクールに入ろうと誘われた

初日 学科の講義は少し遅れて教室に入った

冷ややかな視線を浴びながら 一番後ろの席に滑り込む

小太りおじさんが上から目線で 講義している

「?」

どこかで見たような顔・・・

まぎれもなく中学の同級生 しかも水泳部のS君だ

講義が終わると気が付き照れくさそうな笑顔でやってきた

友人と婚約者を呼び

「今日からよろしく 先生!」と立場を立て

久しぶりの時間をお喋りで埋め 経緯を話した

ハネムーンまで時間のない 二人に合わせて真面目に通い

3人は無事ライセンスを取り ダイバーの一員となった

それ以後 訪問する先々で海を見つけ 潜った

近くは越前海岸から沖縄八重山諸島 最南端の与那国島をはじめ

ハナウマベイ・ハワイ パタヤ・タイ アカプルコ・メキシコとテリトリーを広げていった

ある時 久しぶりにS君のダイビングショップに顔出しする 

《フィリピン・ボホールの旅》 透明な海と島のポスターが気になった

締め切りは終わっていたが 空きがあったので名前を書き込んだ

名古屋から小型バスで大阪空港まで

機材とともに運ばれて行き マニラに飛んだ

台風のためボホール便は欠航していたが

セブまでは飛んでいる便を見つけ 計画変更セブから船をチャーターして

ボホール海峡横断するという大胆なもの

こんな小さな船で大丈夫? 

心配をよそに荷物だけはどんどん積まれていく

案の定 沖は波が荒かった

アウトリーガがバタン バタンと波をたたき始めた

それでも船は転覆しない 心配するほど危険ではないのを見届けると

いつもの眠気が襲ってきて 深く落ちていった

「もう着くぞ! 起きろ!」

海峡を渡る気持ちよい風と波に任せきりでいたので 驚いてあたりを見る

夕陽とオレンジ雲とベタ凪の海 鏡のように映っていて境界がなかった

一瞬 自分がどこにいるか分からなった

小さな船着き場が見え 手伝いのボーイたちの姿も見えてきた

不安定な船から突堤に飛び移る

その端から竹の道が密林に続いていく

半分に割り敷いた竹道を辿っていくと バンガローに着いた

ウエルカムパーティが開かれ 地元ダイバーが紹介された

日焼けした屈強な頼もしい人たちだった

「サラマッ」 ありがとう(タガログ語)

バイキング料理をほおばりながら 明日への期待が膨らむ

鳥のさえずりで目が覚めた

短めの朝食を終え 船に機材を運ぶ  期待で心が躍る

港を出て小一時間で かわいい無人島に着いた

早速 潜る 浜から沖に向かって深くなっていてどこまでも眼で追っていける

サンゴ礁の先は ドロップオフと呼ばれる光の束が濃紺の底に向かって消えていく

空気でうまく浮力調整さえすれば 水中静止状態となり

宇宙遊泳のように感覚になることができた

感動のフィリピン初ダイビングは終わり

海から上がるとランチが用意されていた

鶏の唐揚げとスパイシーな炒め物 ビサイヤー地方の料理らしい

お腹一杯なり 木陰で寝る者 機材の手入れをする者 

それぞれの自由時間を楽しんでいた

探検気分で小屋の裏手に回った

ダイバーたちが木陰で食事をしていた

「lami?」 (美味しい?)

美味しい と手を振って答えた

彼らの食べているものに 違和感を覚えよくよく見る

食べ残り物をみんなで分け合って食べているではないか

些細なことだが 気が付かなかったことに恥じた

貧富の差が激しい国フィリピン しかもボホールは田舎

プロのダイバーといえど給料は安いに違いない

満足な食事も用意されていなかった

その夜のミーティングで衝撃の有様を説明し ある提案をした

バディは命を預けている大切な友 もっと親しく 信頼関係を築くべきだ

海を愛する人は皆優しいと 勝手に決め込んで心の内をぶちまけた

気持ちよくダイバーたちは賛同してくれた

翌日は別のダイビングスポットに案内された

多様なサンゴの密林が広がっていて 赤や青の熱帯魚が集まっている

竜宮城に来たような錯覚にとらわれた

水中散歩後 いよいよランチタイム

みんなでシートを広げ テーブルを並べはじめた

彼らの作った料理とともに 日本から持参したお菓子類も皿に盛られた

地元ダイバーは何が始まったか理解できない様子で 黙ってみていた

「では皆さん、一つ置きに座ってください」

あっけにとられている地元ダイバー 背中を押されてみんな席に着いた

日本人ダイバーと地元ダイバーが交互に座った

この日初めて本当の信頼関係 バディが構築された気がした

心がこもったパーティは ランチタイムをオーバーしてお開きとなった

地元ダイバーのボスが握手を求めてきた

「サラマッ」(ありがとう)

「ワイサパヤン」(どういたしまして)

清々しい風 変幻自在の海の色

鏡のような海 雲の切れ目から輝く夕陽が茜色に染めていく

思い思いに万華鏡のような風景を満喫して

現実離れした変化に さらに言葉を失っていった

みんな友となり ニックネーム呼び合っていた

優しいことは 幸せなことだ