「部屋ならあるから うちにくる?」
看護師 ギャルダ・Pが話題に答えてくれた
一瞬 プロコル・ハルムの 《青い影》 が止まった
「本当に? 迷惑じゃない?」
「私はかまわない」
笑顔のギャルダ・P 困っている人がいれば当然のように答えた
善は急げ! その夜のうちに荷物をまとめ
ギャルダ・Pのアパートに引っ越しした
夜中の移動には理由があった
看護師の仕事は患者次第 朝は早く 帰りは遅い
色々な条件からタイミングは今 夜逃げ状態となった
KOボーイはニッコリ顔で送り出してくれた
部屋は当然 片付いていなかった
ほんのりと女性の香りがする ソファーで寝ることになった
ギャルダ・Pの香りに包まれて眠ることになった 幸せ感120%
朝起きるとギャルダ・Pはいなかった
パンとコーヒーとハムエッグと 20時過ぎに帰るという
手紙が添えてあった
後片付けをして 玄関ドアを閉め
約束通り三本目の植木鉢の下に カギを置く
チボリ公園は 誰でも知っている観光名所
アパートの場所を 地図に✖印をつけ歩いてく
頭に記憶するには コペンハーゲンの地図をイメージして
足で確かめるのが一番だ
25分ほどで職場に着く
ニタリ顔のKOボーイに軽く手を挙げ サインを送る
日曜日は息つく暇もなく 忙しく立ち回り ピークが過ぎたのは夕方
仕事が終わり アパートに着いたのは21時半近かった
ギャルダ・Pが作ってくれた夕食を美味しくいただいた
部屋はきれいに片付けられていて 女性らしく花まで飾ってあった
日本の写真やお土産用の扇子
何かの役に立つかもと思って持ってきた 住宅のパースを見せる
「これが日本の家?」
ギャルダ・Pは興味津々で色々質問し それに丁寧に答えていった
音楽をBGMにして 旅のエピソードを語っていく
時には笑い 時間を共有していった
プロコル・ハルムの 《青い影》 がチーク・ダンスに誘い
長い睫毛のカールが可愛いと思った
翌朝目が覚めると 彼女はすでに出かけていた
メモと朝食が用意されていた
「金曜日はお休みだから 出かけない?」
メッセージが誘っている
職場に着いてすぐ リーダーのマキーに休みの了解を得る
単純作業にもなれ タイミングも分かり仕事が面白くなっていく
職場の仲間にも顔を覚えてもらい 冗談を言い合えるようになった
金曜日は爽やかな快晴 コペンハーゲン市庁舎から旧市街に入り
ソフトクリームを舐めながら ウインドウショッピング
途中に広場があって 屋台でホットドッグを買いケッチャプとマスタードをのせる
これがまた美味しい コーラで流し込む
少し休んでアクセサリーやペンダント 小物類を見て歩く
手を繋ぎ ぶらぶら歩きで 星形で有名なカステレット要塞に着く
一通り見て東側の運河に出る 可愛い人魚姫が迎えてくれた
ゲフィオンの泉で記念写真を何枚か撮る
女神ゲフィオンは スウェーデン王から与えられた広大な敷地のため
4人の息子を牛に変身させ一晩で耕地したという逸話をもとに創られた
力強い立派な彫刻群から水が噴き出していた
旧市街に戻り 迷路のような狭い街並みを抜けると
運河に出た 通り沿いには賑やかなパブやバルがあった
目に付いた一つの店に入る
そこにはバンドが入っていて ガンガンやっている
ビールとポテト ソウセージを注文
曲が変わり 聞いたことのあるメロディだと思っていると
「ヤパーナ・・・」 誰かが手招きで呼んでいる
彼女も歌ってという
当時 海外で流行っていた スキヤキソング (上を向いて歩こう) である
舞台に上がり
「上を向いて歩こう・・・」
歌いだしたら ぞろぞろ東陽人が舞台に上がってきた
みんなで肩を組んで歌いながら
「どこから?」 英語
「名古屋の今池から・・・」 日本語
同じ名古屋の学生たちと仲良くなった
普段 日本人観光客とは仲良くしないが 今日は特別だ
当時 日本の雑誌には フリーセックスの国 北欧諸国 !
面白おかしく書いてあり 現地の日本人も良い印象を持っていなかった
旅の恥は吐き捨てか 日本人観光客があからさまに聞いてくる
彼女と一緒なら大変 根掘り葉掘り聞かれるから…
今池の皆さんとは2時間ほど 踊ったりお喋りしたり
愉しい思い出を作った
アパートに帰ると二人とも歩き疲れて バッタンキュウ・・・
シャワーも浴びずに寝てしまった
愉しい日々はあっという間に過ぎ
夏もそろそろ 終わりの頃
その日は朝から小雨で みんなネガティブ
彼女の職場は相当きつかったらしく 食事もせず
寝てしまった 軽い寝息を立てて
コペンは人魚姫で有名だが 僕の人形姫は
亜麻色の髪をショートカット
長いカールした睫毛
瞳は青みがかった灰色
ちょっぴり 雀斑も点在して
半開きの口から白い歯が見えていた
英語 ドイツ語 オランダ語 スウェーデン語・・・
ペンタリンガルどころかマルチリンガル
言葉を覚え 患者さんのQOL(生活の質)の向上に努力しているのだ
最近は日本語も上手くなってきた 努力家でもある
フィンランドのYHで会った立大生の話が思い浮かぶ
ヒッチハイクで知り合った女性と一晩過ごした翌日
フィアンセがいることを知った
「明日 彼に会ってすべてを話す」
という 彼が慌てていると
「昨夜 貴方を好きになったには事実 その事をありのまま話す
それで彼が去っていったらそれまでの人」
「あまりのことに唖然とした セックスに対する感覚が違うんだね」
セックスは潤滑油的存在で 楽しむものと割り切っている人もいるようだ
我々日本人は受け入れがたい と嘆く立大生
草食人種と肉食人種の違いと 言ってしまえばそれまでのことだが・・・
なぜ今そんな話を思い出したのか
心に引っかかっていることがあるからだ
ボヘミアンは冒険心が命 沸々と蠢いてきた
旅は時間と空間が重なり合って出来ていく
出会いも別れもこの二つのエネルギーの為せる業
経糸と横糸で織物ができるように 人生というタペストリーが織り上がっていく
ヘンリック・イプセンの戯曲 主人公ペール・ギュントを思い出していた
このままハッピーな生活を続けるか ボヘミアンに戻るべきか
悩んでいた ある日の夕食後
いつになく真面目顔で
「何か話があるんじゃない?」
「う~ん?」
返事に詰まった
「また旅を続けようと思っている…」
プロコル・ハルムの 《青い影》 が追いかけてきた
押し黙っていた唇が動いた
「OK 明日 いつもの時間に出かけるから・・・ カギは約束の場所に置いてね」
寂しそうな眼をしている
「また 世界のどこかで会いましょう・・・」
言いたいことはすべて胸に閉まって 笑顔に戻っていた
温かいものが頬を伝って落ちていく
翌朝 彼女はいなかった
テーブルの上には コーヒーとパンとハムエッグ
日本語で 「TAK ありがとう」 メッセージも添えてあった
感謝の言葉を残し 約束の三番目の植木鉢の下にカギを置いた