2023-05-12

004 時間千ドル稼ぐ女
1967・06 ボストン・アメリカ

翌日はどんよりと曇っていた

先方の都合で ランチが朝食に代わっていた

約束の時間より少し前に リュックを持ってアパートを後にした

待ち合わせのレストランは アメリカのどこの街にでもある

ごく普通の建物にあった

若いカップルが手を挙げた

「ハイ! おはようございます!」と明るい挨拶が返ってきた

日本語がうまいと驚いている旅人に

「私、日本人!」 とごく普通に話しかけてきた

紹介が終わり、それぞれに注文した

サングラスを外すと ほぼ スッピンで軽く眉毛を描いていただけ

日本でよく見かける普通のおねーちゃんだった

とても時間千ドルのスーパーモデルというイメージからは程遠い

ボーイフレンドはジョニー・マーと名乗のり

東京ではテレビにもよく出ている 有名な料理研究家の息子らしい

アルが事前の説明をしていたので 話は順調に進み

食事したらすぐ出発となった

このあたりの展開は チャンスをつかむ秘訣だと心得ていた

荷物と後部座席に収まる

フォルクスワーゲンの独特のエンジン音で 眠気に飲み込まれていった

気が付くとフリーウェーを軽快に飛ばしている

「飛ばしすぎ! パトカーに捕まるよ」

大丈夫 大丈夫 という仕草でますます飛ばす

案の定 赤と青のライトが点滅し パトカーが追いかけてきて

道路わきに停車させられた

二人の警察官が車を挟んで 職質が始まった

○×△ ○×△ ○×△、○×△ 

驚いた事に超カタコト英語と中国語を混ぜて 喋っているではないか

「パスポート!」 警察官はムッとした表情で吐き出した

Republic of China のパスポートと国際免許証を出した

つまり中国籍

「スピードオーバー・・・」

わ、か、ら、な、い、

○×△ ○×△ ○×△

しばらくはすれ違いの会話が続き 諦めて警察官たちは去っていった

「だから OKだって!」

ジョニーのいつものやり方をナナは知っていたので

涼しい顔をしていたわけだ

やがて NYの案内板が見えてきた

「今夜は、どこに泊まるの?」

どこで降ろそうかを考えての質問だ。

どこか安ホテルを探そうと思っていると答えると

ジョニーは電話ボックスに車をつけた

しばらく話をして 戻ってきた

「お前はラッキーマンだ」

と言って事情を説明してくれた

4人でアパートを借りていたうちの一人が

大学の成績が悪く 徴兵されベトナムに行ってしまった

その部屋がまだ空いているの 交渉してくれたのだ

流石中国人 ジョニーはネゴが上手かった

思い返せば バスディポで別れのシーンをたくさん見てきたけれど

ベトナム戦争が激しくなる頃であったが

戦争を知らない世代は やはり他人事であった

NYの下町にあるアパートに着いた 午後8時は回っていた

ジョニーの友人が 同居人を紹介してくれた

「意外と早く着いたね」

またまた日本語でお迎えだ

中西 、賢そうな顔をしているNY大の3年生

ホームパーティーに出かける予定を 待ってくれていた

「疲れていない? これから行かない?」

「ぜひぜひ、ありがとう」

渡りに船 お誘いに乗る

新しいドラマの始まりだ